読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2012/5/8 秀次とウイリアム(近江編)

近江八幡の森に咲いていたシャガの花。
4月の終わりから5月にかけて咲く初夏の花です。
たまたまだろうけど滋賀県でこの花の群落をよく見かける。
僕の中では “しゃが イコール 近江” のイメージが出来上がっている。
英名はジャパニーズ・アイリス、日本固有の花のようだ。


現在絶賛発売中の「関西ワンデイパス」(2900円)で近江八幡へ行く。
おじさんの独り修学旅行、いや独り遠足。
駅からの移動はブロンプトンM-3、今年3回目の出動要請です。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

朝の車窓、沈鬱な霧でした。
ミステリアスな朝霧、という感じではなく粘つく黄砂のごとき鬱陶しさ。
このあとの出来事を暗示していたのかな。


西宮発6時41分の快速に乗る予定だったが、この時刻すでにラッシュが始まっていた。
折りたたみとは言え自転車を積み込むのははばかられる。
(600×600 小型のスーツケースと同じくらい)
何本か見送るが混む一方、ラッシュアワーのピークに近づくのだから当然か。
草津行きの各駅停車でのんびり行くことにする。
草津で新快速に乗り換えて近江八幡に着いたのが9時過ぎでした。
自転車込みで快速や新快速に乗り込むのは朝は6時台でも無理だと憶えておこう。
9時半以降なら乗れるかもしれない。


近江八幡の駅に初めて降り立った。
初めての町の駅前に立つというのはちょっと興奮する行為だ。
例えて言えば、ボクシングの試合前に相手とにらみあっている感じ。
近江八幡の駅前は閑散としていて僕は肩すかしを喰らった。
そうなのだった、と気がつく。
明治時代以前から栄えていた古い城下町や漁港や温泉町はそうなのだ。
鉄道駅は町の中心から離れたところにある。
金沢もかつてそうだった。
駅前に城がある町はたいてい他所から来た城主が治めていて地元民(領民)との結びつきは薄い。
比較的新しい都市であることが多い。
城の周りに街が発達しないのだ。
福山や明石がそうだった。
ここ近江八幡は前者だった。


町の中心部へ入る前に駅前のマクドナルドで珈琲。
ハムエッグマフィンと珈琲ください。
え? 朝のホットコーヒーは無料?
いいの?
はい、マフィン単品で220円です。
はいはい、220円ね。

 


サイフがない。
デイパックの底まで探すがサイフがない。
すいません。
サイフを忘れたみたいで、と照れ隠しの愛想笑い。
いったん店の外へ出る。
改めて探すがやっぱり無い。
サイフがないのでクレジットカードもない。
関西ワンデイパスはあるので帰ることは出来る。
何も食べることが出来ない。
どうする?
ピンチ!
この半ボケ中高年め!
自分を呪う。
ヒロにメールする。
Twitterにツイートする。
何やってんだ?
Facebookに投稿する。
自傷行為。
誰か助けてくれないかな。
そんなことしてる場合か。
どうしよう。
身の振り方を考える。
昼くらいまで観光して、腹減らして帰るのが得策か。
待てよ。
緊急用の一万円札!
スケジュールノートのポケットに入れてたはず。
ノートはいつも携帯している。
あった!
助かった。


もういちどマクドナルドの注文口。
ありました。
よかったですねえ、と娘のような歳のおねえさんに労われる。
さ、朝の珈琲で再出発。


近江八幡の町ではこの二人が最重要人物のようです。
左が豊臣秀次、右がウイリアム・メレル・ヴォーリズ。
関白太政大臣 豊臣秀次(1568〜1595)
建築家、教育者、実業家ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880〜1964)
琵琶湖から水を引き、商業を奨励し近江八幡の基礎を造った羽柴(のちに豊臣)秀次。
二十代で関白にまでなるが叔父 秀吉に謀反の罪を着せられ切腹、享年28、三条河原でさらし首となる。
同じ三条河原で妻子や側室、侍女までも一家皆殺しとされた悲劇の武将。
立場的には日本のトップに就いた若者が証拠もない謀反罪で晒し首になる。
何と激烈な時代だろう。
かたや、アメリカ カンザスから近江八幡に英語教師として来日したウイリアムスは異国で幸福な一生を送る。
83歳で天寿を全うするまで日本全国に数千の洋風建築を遺した。


僕の目当ては近江八幡に現存するヴォーリズの建築物を見ること。
関西学院大の校舎や心斎橋大丸、京都の東華菜館や同志社大学、お茶の水の山の上ホテルも彼の設計です。
作品リスト http://www.omi8.com/vories/sakuhinlist.html#08
“建築の品格は人間の品格の如く その外装よりもむしろ内容にある” 
ヴォーリズの言葉である。
その言葉通り、僕の知るヴォーリズ建築にはとりたてて特色や主張するところがない。
フランク・ロイド・ライトやル・コルビジェや安藤忠雄のように革命的であったり美術的価値があるわけではない。
一昔前のアメリカの田舎町にある教会であったり、中産階級の質素な住宅であったり…。
日本の気候風土にあわせた工夫は見られるが、いたって当たり前で凡庸で生真面目な西洋建築。
近江八幡に残るヴォーリズの住宅を見ると僕は子供の頃によく見た医者の家を思い出してなつかしい思いがする。
それでも、ときに条件が許せば京都四条の東華菜館のようなバロックや、山の上ホテルのアール・デコも手がけた。
神戸女学院の図書館の内装の繊細さは美術工芸品のようだ。
つまり、求められれば何でも出来た。
作曲家で言えば筒美京平のような職人的存在。(わかるかなあ?)
真の意味でプロフェッショナルな建築師だったのかもしれない。


組写真の最下段は「たねや」と「クラブ・ハリエ」の日牟禮ヴィレッジ。
ここにもヴォーリズ建築が移築されている。
      


建築を見るのは好きだが建築史に関してはちょっとかじったくらい。
なので、ヴォーリズに関する凡庸とする見解は見当外れかもしれない。
けれど誰よりも彼の建築物に惹かれるのです。
        

 

近江八幡は近江商人の町であり水の町。
石畳の道が碁盤の目のように走り、琵琶湖から導かれた水路が巡っている。
21世紀の今でも豊かさを体感できる。
古くて小さいけれど実力のある町(スモールタウン)です。
ヴォーリズは生前「近江八幡は世界の中心」と言ったとか。


羽柴秀次が造らせたと言われる八幡堀。


空の色がいまいちなので水も濁ってます。


近江八幡といえば近江兄弟社の「メンターム」、これもヴォーリズの遺産です。


八幡公園ではツツジが真っ盛り。
豊臣秀次像はこの公園にあります。


市内から水郷地帯へ移動。
琵琶湖ではなく西の湖(にしのうみ)。
びわ湖よし笛ロードという自転車専用道
正面に見えるのは織田信長の「火天の城」、安土城のあった小高い山。


ロンドン五輪のシンクロデュエット代表の乾さんは近江八幡の水郷地帯出身。
水に育つ、なるほどと思いました。
午後になっても靄(もや)は晴れず、湖国は霞んでいました。
近江八幡から15キロくらい走って安土城址。
造らせるのはいいけど徴用された人夫たちは迷惑だったと思う。
すぐに燃えちゃったし。


安土駅でブロンプトンを折りたたむ。
パッキングの所要時間は平均45秒〜1分くらい。


電車で彦根へ移動です。
彦根城の堀端にある「たねや」でどら焼き3つとカステラをお土産に買いました。


彦根から新快速で帰宅。
甲子園口の「たくみ」で瓶ビールと焼き鳥。


遠足気分なのでジーンズで行ったのは失敗でした。
しっかり距離を走ろうという気が失せるような。
義歯(入れ歯)を忘れたのも力が入らず。