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2013/4/23 バックパッカーの死

人は誰かに導かれ旅に出る。
行き先を決めるのは自分ではない。
誰かが囁く。
行ってみないか、と。
僕は加藤則芳さんの本やドキュメンタリー番組に導かれてヨセミテ渓谷に行った。
1995年1月、厳冬のヨセミテにあこがれて僕は旅の準備をした。
飛行機、ロッジを予約し終えていざ出発、という3日前に阪神淡路大震災が起こり計画は延期。
同じ年の秋。
独りで、飛行機とバスを乗り継いで、寝袋とテントを担いで一週間ほど過ごした。
人は知らず知らずのうちに誰かをどこかへ導いている。
加藤則芳さん、アウトドア作家、享年63。
  


写真はNHKのBS1で放送された

「アメリカ自然保護の父 ジョン・ミューアの道を行く」という番組の映像。
この頃、僕はBSが見られなかった。確かセルジオが録画してくれたものではなかったか。
3倍速で画質は悪かったが擦り切れるほど何度も見た。
長大なジョン・ミューア・トレールの出発点がヨセミテだった。
ここで過ごした一週間は忘れがたい思い出だ。
加藤さんがトレールを踏破したのは46歳の時だった。
いつか ジョン・ミューア・トレールを歩くのだ、と、

まだ30代だった僕はぼんやりとそう願っていた。
でも、実現していない。
ぼんやりと、思っているだけではダメだ。


1995年10月@ヨセミテ渓谷
        


加藤さんはここ2年、闘病生活を送っていた。
病名は筋委縮性側索硬化症(ALS)。
手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく難病。
大自然を自分の足で歩くことを職業とし、

同時に喜びだったタフなアウトドアマンに何という仕打ちだろうと思う。
震災後、三陸海岸のトレールを整備しようと環境省に働きかけていたそうだ。
有志のスタッフに背負ってトレールを行く動画が痛々しい。
ご冥福を祈ります。


ネットで加藤さんのことを調べていたら氏の

ドキュメンタリーのナレーションを読んだAyaさんという女性のブログに出会う。
彼女はシンガーでもありナレーターでもある。
ネスカフェのCMで谷川俊太郎の詩を朗読している。
感情に流されない、やさしく、かつ凛としたささやきが耳に心地いい。
        

 

…今日からニュースデスク3連投。
巨人がホームゲームを関西で開催、ドームでは楽天戦、

マーくんが15安打を打たれながら勝ち投手になる。
夜は雨、タクシーで帰宅。