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2011/4/21 乗り換えの多い旅

おとといの日記に『幸福論』についての書評記事に感銘を受けたことを書いた。
その記事と同じ日の書評欄「本よみうり堂」に益田ミリというイラストレーターが、
田辺聖子の『乗り換えの多い旅』というエッセイ集を紹介している。
この文章を読んで、しみじみと人生を振り返ってしまった。
珍しいことではない。
五十を過ぎると、なおかつヒマだと、3日に一度は来し方を振り返る。


とても心に響く文章だったので例によって自分で全文タイピングしてしまった。


  人生は旅にたとえられることが多い。
  わたしたちの列車は終着駅に向かってひた走っており、
  たどりつくところは、どの人も例外なく同じ。
  ずっとそんなふうに思っていたのだけれど、あるとき田辺聖子さんの
  エッセイ集『乗り換えの多い旅』(集英社文庫)を読んで衝撃を受けた。
  人生には乗り換えが必要だということを知ったのである。


  若さや才気や地位や名声。
  こういうものを持っている人がいたとしても永遠につづくものではなく、
  「時うつり事かわり、運命の転変、ということから人は避けられない。
  それらを失うときもある」と田辺さんはおっしゃる。


  どこからともなく「乗り換え」という声が聞こえてくるはずなので、
  「従来の生活パターンを押し通そうとする」ことなく
  別の列車に乗り換えねばならないのだと。

 

僕が今の列車に乗ったのはいつだったろう?
おそらく結婚して二人で暮らし始めた1998年、

今の列車に乗り換えたのだと思う。
以来、引っ越しもしていないし、仕事も職場も変わっていない。
子供がいないから二人がけのシートを移動することもなかった。
思えば12年以上乗り換えもしないで同じ列車に乗り続けている。
10代、20代、30代にはずいぶんと乗り換えた記憶がある。


  “どこからともなく「乗り換え」という声が聞こえてくるはずなので…”


数年後か、十数年後か、いつかは居心地のいい今の列車から下りなければならない。
どこかの駅で途中下車して別の列車に乗り換えなければならないとしたら…。
文章はこう続く。

 

  愛する人との死別についても記されている。
  「その人といつもまでも同じ電車に乗っていられる

  と思い込んでいたのに、
  自分だけ、乗り換え駅で乗り換えねばならない」
  そんなことが今の自分に耐えられるのだろうか。
  わたしは怖くなる。
  ひとりぼっちで乗り換える支線。
  どんな孤独で辛い気持ちだろう…。


  けれど、田辺さんはこう書かれている。
  「そのうち、ふと、涙の間に、窓の外の景色に目をやるようになる」。
  晴れた空に心を奪われたときが、乗り換えのとき。自分で決めるしかない。
  「悲しみからやっと立ち上がったとき、

  その人は乗り換えて別の人生を生きる」のだと。
  わたしにも、この先、今の列車を乗り換えなければならないような
  悲しい出来事が待ち受けているのかもしれない。
  想像しただけでも深く沈んでしまいそうになる。
  だから、この本のことを忘れないでいたい。そう思うのだった。

                 (読売新聞4/17付 「本よみうり堂」より)


自分の意志で今の列車から降り、二人で別の列車に乗り換える。
この先は運賃の心配だってしなければならない。
あるいは、座したまま運命の指図を待つか。
乗客である僕らはいずれ「乗り換え」の決定を受け入れなければならない。
そう遠くはないすぐそこにある未来。
なのに、車窓の景色をぼんやり見ながら眠ったふりをしている。

乗り換えの多い旅

乗り換えの多い旅


追記
人生は「乗り換えの多い旅」、そんなことを書いていたら、
元キャンディーズの田中好子さんの訃報を知った。
享年55…1956年4月生まれ、早生まれの僕と同級生だった。
人生を列車になぞらえる頭になっていたので、思わずこんなツイートをした。(一部改訂)


 田中好子さん 享年55。同学年でした。

 ずっと同じ列車の乗客だったような気がする。
 顔は知ってたけど話をしたことはないその人は
 「じゃあ、私はここで…」と一人で下車してしまった。
 僕らを乗せた旧型の列車は車体を軋ませながら進む。

 見送る彼女の姿が小さくなっていく。
 突っ走っていた急行列車も今は各駅停車となり、

 駅に停まるたびに誰かが下りていく。


お母さん役のちょっとほっそりした彼女を見ると吉永小百合を思い出す。
桜田淳子にも雰囲気が似ているが彼女の方が年上だったはず。
奥田英朗の自伝的小説『東京物語』というに後楽園球場での
解散コンサートのシーンが描かれていた。
主人公は東京に出てきたばかりでキャンディーズどころではなかった。
僕もキャンディーズも解散コンサートのことも知ってはいたが、
21歳、背伸びしたい年頃だったのでアイドルには興味はなかった。


彼女が真ん中で歌っていた洗練されていない時代が好きでした。
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