2011/3/13 窓辺のヒヤシンス

窓辺のヒヤシンスがむせかえるような芳香を漂わせ咲いている。
昨日寝たのが3時過ぎだったので思いっきり寝坊させてもらう。
今日もプロ野球開幕特番の編集ごもりの一日。


…今朝、起きたらiPhoneに携帯メールが届いていた。
サっちゃんからだ!安否が知れなかった仙台在住の叔母さんからのメールだ。
「そちらからのメールが届きました。ありがとう。2日間 夜は避難所でした。
 今は自宅に戻りましたが余震がきついですね。まずは大丈夫です。幸」
よかった。無事だった。
電話はつながらないので少しメールでやりとりした。
電気、ガス、水道は通っているようで安心。
とりあえず。
仙台は地震が多いのでそのたびに安否確認するが今回は特別だった。
よかった。
みなさん、心配かけました。
ありがとうございました。


…退官間近の内田先生のブログを久々に読む。
タイトルは「未曾有の災害の時に」(“みぞうゆう”ではないですよ)
このような大災害の時に安全なところにいるもの」の基本的なふるまい方について書いている。
http://blog.tatsuru.com/2011/03/13_1020.php


  「寛容」、「臨機応変」、「専門家への委託」を、
  被災の現場から遠く離れているものとして心がけたいと思っている。
  
  これが、被災者に対して確実かつすみやかな支援が届くために
  有用かつ必須のことと私は信じている。
  
  かつて被災者であったときに私はそう感じた。
  
  そのことをそのままに記すのである。


昨日、僕が思ったのと同じことを先生は上手に書いている。
さすが賢者である。


  他責的なことばづかいで行政や当局者の責任を問い詰めたり、
  無能力をなじったりすることは控えるべきだ。
  彼らは今もこれからもその公的立場上、
  救援活動と復興活動の主体とならなければならない。
  不眠不休の激務にあたっている人々は物心両面での支援を必要としている。
  モラルサポートを惜しむべきときではない。


そして思う。
こういう事態において当事者でない人でもそれぞれの発言で人間性が露わになる。
不謹慎とか自粛とかの言葉を乱発する人を僕は信じない。
○○すべきだ、○○するのが当然だ、と感性や価値観を強要する人を僕は信じない。
他の意見に寛容でない人を僕は信じない。
感情的になる人を僕は信じない。
感情的な人や寛容でない人はすぐに心変わりするのを何度も見てきた。
内田先生はこう呼びかけている。


  「安全なところにいる人間」と「現地で苦しんでいる人間」を差別化して、
  「苦しんでいる人間」を代表するような言葉づかいで

  「安全なところにいる人間」をなじる人間がいる。
  
  そういうしかたで自分自身の個人的な不満や攻撃性をリリースすることは、
  被災者の苦しみを自己利益のために利用していることに他ならない。
  
  自制して欲しい。


…米軍の日本救援作戦は「Operation Tomodachi 」と呼ばれる。
トモダチなんて聞くと『20世紀少年』を思い出して日本を支配されるのではと思ってしまう。
オバマ大統領がその「トモダチ 」作戦を実行する米兵に向かって演説をした。
とても感動的な演説がネットをとびかっている。
http://konotom.tumblr.com/post/3831919723


言葉の力って凄い。
映画のワンシーンみたいだと感動していたら…これフィクションなんですね。
英文が見たかったのでCNNとかUSA TODAYのニュースサイトを探してもそんな演説は存在しない。
原文は映画『インデペンデンス・デイ』の大統領の演説らしい。
http://hara19.jp/archives/4966


それでも、感動してしまったのは事実。
だから言葉の力ってあなどれないんだと思う。


でも、大地震以後はこの手のデマが多いのも事実。
昨日も携帯に関西で節電を呼びかけるチェーンメールが2通来た。
節電は理解出来るがこれを面白半分で始めた人には憤りを感じる。


…日常に戻ろうと昨日書いたのに非常事態の日記になってしまった。
叔母の無事がわかって嬉しかったのでいろいろとまた考えてしまいました。
勘弁して下さい。


明日は、良き日常のブログ(日記)になると思います。
姪っ子の結婚式なんです。