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2012/5/2 『無宿(やどなし)』

DVDで『無宿(やどなし)』(1974年)を観た。
勝新太郎がいい。
高倉健がいい。
でも、この映画で素晴らしいのは梶芽衣子だった。
一発KOです。

昭和初期、軍靴の音がしだいに高まっている時代。
刑務所から二人の男が出所する。
寡黙な男とC調な男。
ひょんなことから二人は売春宿の女を助ける。
当然のことながら女は不幸な生い立ちで身寄りは一人もいない。
生まれた時から花街で育ち海を見たことがない。
満足に学校も行ってない。


嬉しい。
淋しい。
哀しい。
感情を隠そうともせず幼子のように、いや子犬のように無邪気。


   


売春宿から抜けさせる時、ゴロツキとやりあって手に怪我を負った健さんに彼女が言う。
「いてえ?」
胸がきゅんとなった。


勝新と健さん夢の競演。
監督は「津軽じょんがら節」の斉藤耕一、全てのカットが素晴らしい。
脚本の下敷きになっているのはロベルト・アンリコの『冒険者たち』だ。
リノ・バンチェラが勝新、アラン・ドロンが健さん、ジョアンナ・シムカスが梶芽衣子か。
あのクラシックな潜水夫の出で立ちも登場する。

無宿 [DVD]

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過度の期待はを持たずに見たせいか凄く面白かった。
ラストシーンはひたすら70年代的。
美しいものこそが悲しい、いや悲しみそのものが美しいのだ。
真夏の海、まぶしい太陽、血の臭い、救いのない結末。
登場人物は誰も一張羅、最初から最期まで同じ。
哀愁を帯びた音楽もいい。
自宅のiMacで見ながらオールナイトの映画館にいるような錯覚、あの時代がよみがえる。
二大スター競演ものって概して出来はイマイチと言われるが僕は傑作だと思う。
1974年当時はそれほど評価は高くなかったらしい。


この映画の存在を知らなかった。
きっかけは去年9月、映画のロケ地となった丹後半島を訪ねたときのこと。
大阪マラソンに出場する盲目の市民ランナーに会って話を聞いた。
今年七十になる彼女が若い頃、この映画の撮影で網野町に滞在していた健さんのマッサージをしていたのだ。
そのとき聞いた話は9/19の日記に書いた。
http://d.hatena.ne.jp/shioshiohida/20110920/1316445786

 


ポートウェーブ西宮で11時から筋トレ、今日は負荷をかけて自分を追い込む。
緑したたる六甲をバックに東海道本線の京都行きが走る。
ちょっと“撮り鉄”してみた。

 

『裏切りのサーカス』@大阪ステーションシティシネマ
平日の15:30 の回、地味な映画なのになんとほぼ満席でした。
発券するフロントでおねえさんが「ちょっと混み合ってまして」と言う。
隣に人がいない席がいいので最後列の端っこにするがしばらくして埋まった。
一人で映画を見るときは両隣に誰もいないのが理想。
神戸や西宮ではほぼ可能だけど大阪はそれだけ人が多いということか。


ジョン・ル・カレ原作のスパイ映画である。
時代は1974年、アメリカの大統領はニクソン、ソ連の書記長はブレジネフ。
やっぱ、この手の映画は冷戦時代に限る。
と書いて気がつく。
『無宿(やどなし)』も1974年公開の映画だった、と。


で、誤解を恐れずに言おう。
冷戦時代が懐かしい。
東欧の虐げられし民衆には申し訳ないが。

 

…久々に甲子園口の焼き鳥一筋『たくみ』へ行く。
年イチ、あるいは年二回ほど行く。
行くときは必ず独酌、というお店です。
焼き鳥屋、だから焼き鳥を出す。
他のつまみは一切無い。
これがいい。


こぢんまりとした甲子園口の駅前もケンタッキーとかミスタードーナツがある。
焼き鳥屋の隣にも今風の賃貸住宅の店が出来た。
昼のように白く明るい。明るすぎて眩しい。
そんな中でこの店の佇まいがいい。
電力会社が連呼する節電には抵抗があるが、夜はもう少し暗い方がいいなあ。


夕方6時半、カウンターは満席。(ここはカウンターのみです)
常連らしきじいさんが上機嫌で席を立つところだった。
同年配の店のお母ちゃんが来週から入院するらしい。
「まいど、もう会えんかもしれんけど」とさみしく笑う。
「冗談言いなや」とじいさんが笑い返す。


年イチで行ってるだけあって過去にもこの店の記述がある。
以下、過去の日記より抜粋。

   
   半年に一度くらいか、予定も決めずにふらりと行く。
   国鉄甲子園口の駅前にある焼き鳥「 匠(たくみ)」
   年季の入ったカウンターに若者の姿はない。
   定年間近の親父さん達が地味な背広姿で立ち寄る。
   座っているのはみんな僕より少しだけど年上ばかりだ。
   暖簾をくぐると店内の色彩はセピア、炭火と焦げた匂い、煙草のけむり。
   国立の「まっちゃん」と同系のモノクロ記録写真の画質だ。


   二合の熱燗と焼き鶏。
   熱燗の酒は「白雪」だ。
   山は富士なら、酒は白雪、伊丹の酒蔵、ナショナルブランド。  
   カウンターの中には老夫婦と四十代のその息子、
   プロレスの藤原善明を思わせる親父さんは炭火の前で無言で焼き鳥を焼く。
   ポジションをいまだ息子に譲らない。


   メニューは焼き鶏一本、特に浅焼きの ささみ と 塩で焼く たたき は絶品だ。
   僕が20代の終わりにこの近くに住み始めて以来、知っているだけでも軽く20年、
   歩いても行ける西宮球場(今はもう無い)で江夏のオールスター9連続奪三振、
   あるいは徒歩20分の甲子園球場で池田高校が優勝した、

   そのずーと前から毎日、焼き鳥を焼いている。

   ギリシャの村のタベルナのようでもあり、松竹映画のようでもある。(何のこっちゃ?)
   焼き鳥のタレが焦げる匂いに横山秀夫の警察小説あたりが似合う。
   今夜は自由俳句の俳人 夢道の話を読む。
   ほろ酔いで店を出ると夜桜が艶めかしい。     (2007年07月4日)

 


   まだ早い時間だが、JR甲子園口のやきとり「匠」の暖簾をくぐる。
   開け放された店の玄関から西日が射す。
   横山秀夫の「深追い」を読みながら白雪の冷酒を飲む。
   「引き継ぎ」という短編、老練の泥棒と二代目刑事の物語。
   カウンターの若主人と同年輩の客が野球の話をする。
   「で、スタメンはどうやってん?」
   「ヒラノや」
   交流戦のオリックス阪神戦かと察する。
   「セカンドは」
   「タナカ、(ノートを見ながら)サイトウ、タチバナ、クメジマ…」
   え、何の試合だ?
   どうやら姫路であった社会人野球か、大学野球の話らしい。

                           (2007年5月26日)

 


   甲子園口で下りて贔屓の焼き鳥屋「たくみ」へ行く。
   キリンビール大瓶を1本、浅焼きのささみが旨い。


   この店のカウンターで聞き耳をたてる。 
   「ソングスいう番組あるやろ」
   声の主は70歳に近い白髪の老人、そのしゃべり様も老人っぽい。
   「去年から始まった番組なんやけど、いつもビデオに録って見てんねん」
   話す相手は40歳台の男、息子ではないようだが。
   「竹内まりやが良かったんや、あと2回目にやった矢沢永吉な」
   そのエイキチのキを強調する発音がおかしかった。
   何だか時代劇の登場人物のように聞こえた。
   (矢沢永吉は2回目ではなかったけどね)
   「竹内まりやの歌で“人生の扉”いうんがあってな、これがいいのや」
   いたく感動されている様子。
   そうかあ、SONGSの竹内まりやの歌と映像は僕らや団塊の世代だけでなく、
   もっと上の世代にも喝采を浴びていたのだなあ、と感心する。
   でも、聞いててちょっと気恥ずかしくなってしまったのは何故だろう?

                             (2008年6月20日)

 

   図書館で坪内祐三『酒日誌』を借りる。
   そのまま歩いてJRさくら夙川駅、2駅先の甲子園口まで乗る。
   甲子園口の駅前にある老舗の焼鳥屋『たくみ』で独酌。
   古いカウンターだけの店、昭和の焼き鳥屋。
   頑固そうなオヤジが焼いている。
   僕は年に2〜3回はこの店で飲む。
   必ず独酌だ。


   必ず注文するのが「ささみ」と「たたき」
   「ささみ」は浅焼き、表面を炙るだけのレア、塩味のみ。
   好みで一味唐辛子。
   「たたき」は絶品、これもタレでなく塩味。
   浜松町の人気店『秋田屋』のタタキに優るとも劣らない、と僕は思う。
   この店がメジャーにならないことを祈る。

                           (2010年3月30日)