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2012/4/21 語るに足る、ささやかな人生

雨上がりの朝、初夏の陽光がふりそそぐ。
夜にはふたたび雨が降り始めるそうな。
僕らは菜種梅雨の季節にいる。
芦屋浜緑道往復コースを4キロ走る。


昨日、眼鏡堂氏が歌舞伎のレビューを連載している

雑誌『en-taxi』の最新刊を買った。
様々なジャンルの故人へ向けた追悼文が載っている。
今年になってからも多くの作家、俳優、監督、

ミュージシャン、元スポーツ選手らが帰らぬ人となった。
つい昨日もザ・バンドのレヴォン・ヘルムが

長い闘病生活の末に亡くなったと知った。
故人の中には僕より年下の人も何人かいて

自分がサバイバルしていることを実感させられる。
『en-taxi』の追悼特集「ラストワルツ スペシャル」の冒頭で

坪内祐三が序文のようなものを書いている。
その中で駒沢敏器の死に触れていた。


  驚かされたと言えば、駒沢敏器の死、そしてその死に方。
  以来私はいつも以上に新聞の訃報欄に注意深くなった。  

  (坪内祐三「en-taxi」2012spring 119頁)


駒沢敏器が死んだ?
その死に方、とはどういう意味だ?
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/120309/crm12030909300003-n1.htm


3月8日新聞の訃報欄では見ていなかった。
訃報欄ではなく事件記事だったのか。



駒沢敏器は好きなライターだった。
文体も、描写も、題材も。
目だけで演技するような寡黙な役者を思わせた。
彼の書く文章を読んでいると呼吸が深くなる感覚がある。
変な表現だけど、穏やかな心で珈琲が飲める居心地のいいカフェのようだった。
会話がなくともずっと一緒に飲んでられる人のような文体。
はしゃいで笑い話をしていも物静かな印象の読後感。
全くもって僕は駒沢敏器の文章を勝手にイメージしていた。
要するに好きだったのだ。


僕が熱心に愛読していた90年代始めの『Switch』の編集者で、

のちにフリーのライターとなった。
ジェイ・マキナニーやボブ・グリーン(「ABCDJ」)の翻訳者でもあった。
現代アメリカの音楽や小説に詳しく、旅の手記のような文章が出色だった。
とりわけ、アメリカの小さな町(スモールタウン)を

旅したルポ『語るに足る、ささやかな人生』と、
国道58号線を辿りながら沖縄の戦後を回想した

『アメリカのパイを買って帰ろう』は素晴らしい。
ぷよねこ減量日記の前身のブログにも『語るに足る…』のことを何度も書いている。
一編一編が短編映画のような物語に満ちている。
著者のように自由に英語を操れないくせにアメリカの田舎町を巡る旅にあこがれた。
影響され実際にレンタカーでメイン州やヴァーモント州のスモールタウンを旅した。
『アメリカのパイを…』で僕はジミーのアップルパイの存在を知った。
キャンプ取材の記者に頼んでそのアップルパイを買ってきてもらった。
去年はレンタカーを借りて58号線沿いにあるジミーの店へも行ってしまった。
駒沢敏器の本は僕にとって旅のガイドブックでもあった。


もう読めないのかと思うとさみしい。
1961年生まれ、享年50 写真を見ると人なつこそうな童顔。
会ったこともないが、故人を偲んで2册の中でとりわけ好きだった文章を再読しよう。
『語るに足る…』の「青いトマトのフライ」、『アメリカの…』の

「きみは小さいのでショーリーと呼ばれたんだよ」


『アメリカのパイを買って帰ろう』は一冊丸ごとWEBで読める。
http://web.soshisha.com/archives/58/


ブログもあった。
ブログ風コラムと紹介されている。
最後の更新は1月16日だった。
http://blog.fujitv.co.jp/takeshi_blogwriting/index.html
        


大潮の香櫨園浜、昨日まであんなに沢山いたユリカモメの姿がない。   
北へ旅立ったのか…おじさんも連れてってくれ。   
八戸あたりで下ろしてくれたら嬉しい。               

 

…大阪京橋、寝屋川沿いのハナミズキが咲いていた。
背景になっている緑は数日前まで咲いていたソメイヨシノだ。
東京市長だった尾崎行雄がワシントンへ染井吉野を寄贈した。
その返礼としてアメリカからもらってのが花水木だったという。


ニュースデスクと会議。
オリンピック特番に僕は本当に必要なのだろうか。
申し訳ないがロートルの身で兵站(後方支援)を軽視した

最前線に狩り出されるようで気が進まない。


今日はプロ野球、Jリーグ、男子ゴルフ、陸上と盛りだくさん。
陸上は兵庫リレーカーニバル。
柏原(富士通)の社会人デビュー戦の10000mだった。
五輪B標準に達しない記録だったということでボツ。
キー局は何を期待していたのか。
トラックで、しかもケニア勢のひしめくグランプリで勝てるわけがない。
社会人デビューこそがニュースじゃないのかな。
関西エリアではないが、ソフトバンクの内川が5打数5安打!
ヤクルト宮本と日ハム稲葉が2000本安打へカウントダウン。
ともに強かった野村ヤクルトの中心メンバーだった。
ああ、懐かしの90年代。


23時過ぎに帰宅。
小雨が降り始めていた。
見舞いから帰ってきたヒロが夜更けまでイチゴジャムを作っている。
最近、ため息うぃつくことが多い。