2011/2/10 八十二歳のためいき

朝起きてメールやTwitterをチェックしたら面白い対談を見つけた。
酒井順子と三浦しをんが文楽について語っている。
http://www.poplarbeech.com/danwa/002429.html


これ読んで文楽版『八百屋お七(伊達娘恋緋鹿子)』が見たくなる。
三浦しをんが人形使いの超絶技巧を語る。


「その場面でお七の人形がどういう動きをするかというと、はしごで火の見櫓に上るんです
 けど、生身の役者ならはしごを上るのは簡単です。でも、三人の人形遣いが動かしている
 美しい人形を、どうやって客席に背中を向けてはしごを上らせ、きれいに見せるか?
 想像すると非常にむずかしいですよね。
 だって遣い手たちは通常は基本的に人形の背後にいて、人形の首や両手や両足を
 三人で分担して動かしている。その人形が背中を向けてはしごを上るとなると、
 客席からは人形遣いのおじさんたちが居並ぶ姿が丸見えになってしまうわけです。
 しかし、ここで人形遣いさんたちは驚くべき技を見せるんですよ。
 その技がいかなるものかは秘密です(笑)! 」


くすっと笑ってしまったのはこの下り。


 酒井 人形遣いなら桐竹勘十郎さんが好きですね。
 三浦  私もです。
 酒井 私は勘十郎さんを「部長」とお呼びしてるんですよ。
 三浦 (爆笑)ほんとにそうですよね!
 酒井 なんか、「部長」みたいなルックスをされてますよね、
    それも電通の部長みたいな(笑)。
 三浦 ご存じない方のために申し上げると、すごくかっこいい方なんですよ。
    とても真剣に、息を詰めて人形を遣うから顔が赤くなったりして、
    「あ、ほろ酔いかげんの部長みたいな顔色に……」という瞬間がありますね(笑)。


「勘十郎=電通の部長」説、笑いながら激しく同意。


…久々に5キロジョッグ。
那覇以来だからほぼ一週間ぶりです。
『ケ・サラ』を聞きながら走る。
やっぱり走るのは気持ちいい。
写真は陽光緑地@芦屋浜の運河で練習するカヤック。


ジョッグ後、追い風参考で体重計に乗りました。
74.50キロ、去年の夏頃より3キロ近く増量。
ぶよブヨのぷよねこになってしまいました。
明日からも毎日走り、間食せず、飲食の門限は夜9時、飲酒は1勤1休のペース。
目標は1.5キロ減の73キロ以下。
出来ることから始めよう。


…今日は歌舞伎、夜の部を観る。
その前に番組会議を一本、15時からだと思い込んでいたら16時からだった。
開演時間が17時だったので頭20分で脱け出す荒技。
京橋〜鶴橋〜難波とJR、近鉄を乗り継ぎ開演5分前に着席。
2階席の一番前、舞台や花道は見やすいが僕にはちっと遠い。
最近は目が弱ってきて…。


『盟三五大切(かみかけて さんご たいせつ)』by 鶴屋南北。
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/osaka/2011/02/post_25-Highlight.html
これで歌舞伎を見るのは6度目か。
結論から言えば、 はあ? こ、こんなのありなの? と思わせる衝撃作。
9月に見た海老蔵の『義経千本桜』とは対極の印象が深く刻まれる。
そして、実際に見ている時より、見終わってからの衝撃が強い。
そしてそして、こういうものもひっくるめて受容する歌舞伎の奥深さを感じる。


この作品や仁左衛門については識者や歌舞伎通のファンがいろいろ書いている。
確かに、突っ込どころ満載で、あらゆる解釈が可能で、ある意味で傑作なのかも。
結局、源五兵衛は何人殺したのか?
最初の5人斬り、小万、小万の子、おくろの8人か。
他にも自ら手をかけてはいないが巻き添えが3人。
とにかく、こんなに人が殺される舞台を見たのは初めての体験。
小万の首と差し向かいで茶漬けを食べるなんざ完全なホラー映画のシーン。
レクター教授や去年読んだ飴村行の『粘膜人間』を思い出した。


例によって考えがまとまらないのでTwitter風140文字にて思ったことを並べます。
(ネタバレ満載注意)


・今回の2月大歌舞伎は題して「仁左衛門 昼夜の仇討ち」
 仇討ちというからには親兄弟、あるいは女房子供を殺められたニザ様が、
 法に委ねて思い果たせず、慚愧の思いに耐えかねて…というイメージを抱く。
 チラシの写真も最高にカッコイイ。
 でも、『盟三五大切』はそんな想像をまるっきり裏切られた。
 仇討ちとは痴情の果ての大量殺人、あまりに身勝手な所業に思えた。
 そして、殺人鬼の源五兵衛はお咎めなし。
 大量の犠牲(骸)を踏み台に忠臣蔵の義士に加わり最後は颯爽と仇討ちに赴く。
 これって『仮名手本忠臣蔵』のスピンオフなのだ。
 じゃあ、仇討ちって討ち入りのこと?


・帰宅してヒロと突っ込み放題、これほど突っ込み処の多い舞台はない。
 「そやんな」「アカンやろ」「そもそも源五兵衛が…」
 世話物にはダメ男がつきものだがこれは究極ではないか、と。
 「いかにも鬼じゃ、みどもを鬼には、おのれら二人がいたしたぞ」by 源五兵衛。
 みども(自分の)の愚か過ぎる所業が招いたことにあまりに無反省。

 
・歌舞伎には○○、実は××、みたいな設定が実に多いけど、ま、それには慣れた。
 でも、この筋書きの持って回った複雑さはどうだろう。
 すれ違いの連鎖はある意味で喜劇ではないかと思わせる。
 他人を思う真意は本人にはなかなか伝わらないもの。
 伝わっていれば死なずに済んだものを。
 ああ、じれったい。

 
・バカにされたから、コケにされたから、愛を裏切られたから嫉妬に狂い殺す。
 『キャリー』に代表されるアメリカのホラー映画の一典型のような。
 源五兵衛が武士でなく派遣社員だったら…一つ間違えば秋葉原事件ではないか。
 そのあげく、僕は命を捨てた身、志願してイラク戦争へ行きます、みたいな。

・源五兵衛以外の人物は素晴らしい。
 側近の八兵衛は5人斬りの身代わりとなって番屋へ連れられ今生の別れ。
 だました三五郎、すべての悪行は源五兵衛のためにしたこと。
 知らぬ事とはいえ夫婦そろって主人をだました事を悔やみ、
 すべての罪を自分がかぶるので、ぜひ仇討ちに参加してくれるよう頼む。
 泣かせるねえ。
 『すし屋』のいがみの権太を彷彿とさせます。
 それに比べて源五兵衛、武士でありながら斬殺、毒殺、赤ん坊殺しと畜生の所業。
 一番、サムライではないのはこいつなのにカッコイイというアンビバレンツ!


・WEBで検索するといろんなキャストで演じられている。
 源五兵衛=(初代)辰之助、三五郎=仁左衛門、小万=玉三郎
 源五兵衛=吉右衛門、三五郎=仁左衛門、小万=時蔵
 源五兵衛=三津五郎、三五郎=橋之助、小万=菊之助
 源五兵衛=染五郎、三五郎=菊之助、小万=亀治郎 などなど。
 染五郎が演じた時は観客の女子高生から「人でなし!」と野次られたらしい。
 役者冥利に尽きるでしょうが演技の出来はイマイチだったらしい。
 いろんなキャストで見たいと思わせるのは名作である証拠か。
 なんと数々のミュージカルにもなっているらしい。


・ズバリ、これは犯罪実録ものである、と言い切りたい。
 解釈によっては(多分に教育的ではあるが)こんな見方もある。
 「深川の無頼者たちを仲間にする三五郎が、父の旧主の困窮のために人を騙すのに対して、
 結局のところ痴情によって多数の人を斬り殺す源五兵衛が、最終的には数右衛門に戻って
 晴れて義士の列に加わる点において、不条理な身分の違いを、暗に、しかし強烈に、
 南北は皮肉っているとされている。」         (wikipediaより)
 歌舞伎の教科書『歌舞伎手帖』で渡辺保氏も同様の趣旨で書いている。
 でも、僕には後付けの解釈にしか思えない。


 たまたま読んでいた文楽の本に江戸時代に実際に起こった事件の記述があった。
 1737年、大阪の曾根崎で怒った五人殺し。
 犯人は薩摩藩の侍 早田八右衛門。
 この事件は『国言諄音頭(くにことばくどきおんど)』という浄瑠璃になった。
 薩摩藩の初右衛門(八右衛門)は女郎菊野に本気で惚れ込み、藩のお金に手をつける。
 しかし菊野には仁三郎という恋人があり、初右衛門の思いに応じない。
 大川べりを歩いていた初右衛門は、たまたま通りがかった船に菊野と仁三郎を見つける。
 二人は八右衛門を「田舎侍」とバカにするのを聞いてしまった。
 帰郷前日、茶屋で宴を張る初右衛門は二人を笑って許すが内心は復讐に燃えている。
 果たして、寝静まった深夜、初右衛門は茶屋に戻り斬殺が始まる。
 「早く殺して」という菊野を残酷になぶり殺しにするところと言い、
 仁三郎が長持に隠れて難を逃れるところと言い『盟三五大切』と同じじゃないか?
 この浄瑠璃作品の方の初右衛門には討ち入りという義は全く無い。
 実は四十七士だったという落ち(?)は後付に違いないと思う所以。
 江戸時代も、明治、大正、昭和、そして現代も、猟奇殺人、痴情のもつれ、
 三面記事のスキャンダルに庶民は興味津々だったに違いない。
 それは『仮名手本忠臣蔵』や一連の近松の心中シリーズも同様。
 物語としての体面もあって忠義を掲げてはいるものの…であります。

 
・この作品、出来るならかぶりつきで見れば良かったと思う。
 お人好しの侍が、復讐の鬼となる人格の変わりっぷりを見たかった。
 くぅぅぅぅぅ!と仁左衛門が歯をくいしばる顔を間近で見たかった。
 破れ傘をさして雨の中に立つ。
 最低の男だが、仁左衛門は最高にカッコイイ。
 海老蔵同様、下から間近に見上げるべきだった。 

 
 実の親子説がある愛之助(三五郎役)が、役の扱いを見ていると
 愛之助が仁左衛門を継ぐのでは?と歌舞伎通のばあばあは言う。


・御年八十二、仁左衛門ファンのばあばあは拍手喝采。
 孝夫時代からのご贔屓で孝夫の手ぬぐい持参。
 この惨劇にも「歌舞伎にはこんなんいっぱいあるかでなあ」と平然が頼もしい。
 チャリ場に大笑いしてたかと思うと、仁左衛門の立ち姿には
 うっとりして、ふぅ〜ん、と声が出る。八十二歳が乙女のタメ息…。
 ちょっと恥ずかしい。
 源五兵衛の叔父役に市川段四郎(亀治郎の父)、
 「段四郎が入ると舞台が引き締まるなあ」と冷静な感想です。

  


『盟三五大切(かみかけて さんご たいせつ)』by 鶴屋南北の感想ツイートは以上です。
ビギナーゆえ、作品そのものが衝撃でした。
同じ舞台、東京からえりぼうが遠征、京都在住の内定者といっしょに3階席で観劇してました。
見終わって最初のツイートが「すごすぎた」と衝撃の様子。
明日、天満でオヤジ飲みする予定、感想が楽しみです。